
ガバナンス再建とともに挑む“第二の創業期”(2024年10月期 有価証券報告書レビュー)
はじめに
コロナ禍による前例なき打撃からの復活を目指すエイチ・アイ・エス(HIS)が、2024年10月期の有価証券報告書を提出した。
売上高は3,433億円(前期比+36.1%)とV字回復を果たし、営業利益は108億円と前期比で6倍超に拡大。
親会社株主に帰属する純利益も87億円の黒字に転換し、実に4期ぶりの最終黒字となった。だがこの“快復”の裏には、雇調金不正受給問題や自己資本の脆弱性といった重たい課題も併存する。この記事では、財務・事業・ガバナンス・ESGなど、多面的な視点で同社の現在地を総括する。
1. 財務・業績ハイライト(2024年10月期・連結ベース)
- 売上高:3,433億円(前年比+36.1%)
- 営業利益:108億円(同+663.8%)
- 経常利益:104億円(同+634.7%)
- 親会社純利益:87億円(前期:▲26億円)
- 自己資本比率:14.8%(前期:9.2%)
- 営業CF:+292億円/投資CF:+456億円/財務CF:▲551億円
- 現預金残高:1,322億円(前期比+213億円)
売上・利益ともに大幅回復。現預金の増加と営業キャッシュの黒字確保は、事業再建フェーズが軌道に乗ったことを示す一方、有利子負債は依然多く、財務リスクの完全払拭には至っていない。
2. セグメント別の実績と事業構造改革
(1)旅行事業(売上高:2,839億円/営業利益:93億円)
- 海外旅行:欧州方面・韓国・東南アジアの復調が寄与
- 国内旅行:全国旅行支援の反動減も、新商材投入で底堅く推移
- 法人・訪日旅行:地方創生連携やインバウンド拡大で業績牽引
(2)ホテル事業(売上高:229億円/営業利益:30億円)
- 変なホテル/ウォーターマークホテルなど高稼働・客室単価上昇
- 台湾・韓国施設が順調、国内も改装効果とコラボ企画で集客
(3)九州産交グループ(売上高:240億円/営業利益:4億円)
- TSMC進出に伴う物流・バス需要拡大が寄与
- 観光・路線バス共に2019年水準を回復
事業構造は明確に“旅行+不動産・交通”の二本柱へとシフトしており、2026年度までに海外・非旅行事業で営業利益比率60%超を目指す。
3. ガバナンスと雇調金不正問題への対応
2024年、子会社であるナンバーワントラベル渋谷による雇用調整助成金の不正受給が発覚。他にも複数子会社で不適正受給が判明し、社内調査・外部調査を経て自主返還と再発防止策を実施。
- 特別調査委員会を設置し、22社の調査・報告を実施
- 労務管理・3ラインモデル強化・教育体系整備など、内部統制再構築へ
信頼回復への道のりは険しいが、透明性の高い対応を継続できるかが株主視点での評価軸となる。
4. ESG/人的資本戦略の全体像
DEIBと多様性経営
- 女性管理職比率:17.5% → 2030年目標:30%
- 男性育休取得率:70% → 2030年目標:100%
- Non-Japanese Manager比率:59% → 2026年目標:65%
健康経営と働き方改革
- ウェルネス推進室設置、健康診断受診率・ストレスチェック実施率向上
- 在宅勤務・副業・育短など多様な働き方の制度拡充
気候変動対策とScope 3削減戦略
- GHG排出量(Scope 1+2):118,951t-CO₂
- Scope 3排出量:1,148,478t-CO₂(うち98.6%が顧客航空利用)
- SAF導入、EV車展開、ホテル電力削減など多面的に対応
5. 投資家視点での評価
2024年の黒字転換はHIS再建の“第一歩”に過ぎない。旅行需要の回復と商材強化で利益を得たが、自己資本比率14.8%という数字は、未だに財務の“脆弱性”を物語っている。
- 無配継続:利益回復も配当未実施で株主還元姿勢に課題
- ROE14.1%:収益性は回復基調も、安定化には財務強化が不可欠
- 営業CFプラス/財務CFマイナス:資金繰り改善も、借入返済負担は大
- 非旅行事業の拡大:ポートフォリオ分散が着実に進展
短期的には“修復型バリュー株”、中長期では“変革型成長株”への転換が期待されるが、ガバナンス再建の実効性と事業構造転換の成果が問われるフェーズに入った。
論評社としての視点
HISは今、第二の創業期とも言うべきターニングポイントに立っている。旅行の本質的価値──人と人とのつながり・異文化の共感──を軸にしつつも、その収益構造を「旅以外」へどう広げていくかが中計の肝だ。
ESGと財務、グローバルネットワークとローカル課題の融合。課題は山積だが、逆境を乗り越える「変革志向」がHISの原点であり、最も評価されるべき資質である。2025年、HISは“信頼”と“多様性”を武器に、グローバルサービス企業への進化を果たせるのか──。
今、その歩みに注目が集まっている。