再成長の構造を問う:KNT-CTホールディングス決算分析

企業概要

クラブツーリズムと近ツリの二枚看板で“旅の再定義”を模索

KNT-CTホールディングス株式会社(旧・近畿日本ツーリスト)は、近鉄グループ傘下の旅行業持株会社。

グループには主力子会社のクラブツーリズム株式会社近畿日本ツーリスト株式会社を擁し、国内外の個人・団体旅行、訪日旅行、MICE、自治体との連携による地域共創事業などを展開。

現在は「旅を超えた」体験価値創造に踏み込み、DMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)型モデルへと転換を進めている。

財務ハイライト(2025年3月期)

指標 数値 前期比
売上高 274,516百万円 +7.5%
営業利益 6,040百万円 ▲16.9%
経常利益 6,776百万円 ▲15.1%
親会社純利益 7,680百万円 +1.9%
純資産 51,321百万円 +16.2%
自己資本比率 37.5% +4.1pt
1株あたり純資産 310.44円 +234.37円

キャッシュフロー分析

黒字維持の裏にある“流動性の静かな緊張”

2025年3月期は、収益は堅調だったが営業キャッシュフローは大幅減少という構造的懸念が浮かび上がった。

  • 営業CF:+4,223百万円(前年+13,960百万円)
    → 税前利益76億円、旅行前受金の増加で+43億円のプラス要因があった一方、**仕入債務の減少(▲55億円)や旅行前払金の増加(▲33億円)**がキャッシュアウトを生んだ。事業拡大の裏で、運転資金が重くなっている。

  • 投資CF:▲941百万円(前年▲99百万円)
    → 投資有価証券売却益11億円を得たが、システム投資や子会社株式売却(持分変更)で差し引き▲9億円の支出。構造改革型の投資活動と捉えられる。

  • 財務CF:▲218百万円(前年▲41百万円)
    → リース債務返済分が中心で、外部借入や社債の新規調達は行われていない。自己資本とグループ内CMSでの資金運用が基本戦略。

  • 現預金:88,073百万円(+3,126百万円)
    → 豊富なキャッシュ保有を維持しており、旅行業特有の“先受金”モデルと高い流動性管理能力が示された。

収益構造の変化──“クルーズと訪日”が支えた旅行回復

  • クラブツーリズムではチャータークルーズや欧州高額ツアーが堅調。

  • 近ツリではMICE・修学旅行・大型イベント対応(東京マラソンなど)で法人需要を掘り起こし。

  • 訪日旅行では「YOKOSO JAPAN TOUR」等のグローバルECサイト展開が奏功。

売上高は2,745億円と前年比+7.5%だが、営業利益は公務受託事業の縮小とシステム・人材投資の増加により▲16.9%減

→ “売上は戻るが、利益は圧縮”というトレードオフの中にある。

資本構成の改善

「優先株処理」後の筋肉質な純資産

2021~2023年にかけて優先株発行→資本減資→普通株転換を経て、資本金は100百万円にまでスリム化。

  • 自己資本比率は3年間で+22pt改善(15.4% → 37.5%)

  • 純資産は約5年間で5倍増(96億円 → 513億円)

  • 親会社からのCMS融資を受けながらも、外部借入ゼロ・債務保証型の内部資金統制が徹底されている

この資本戦略は「低レバ・高キャッシュ・安定配当」志向の証であり、業界再編やM&A対応においても優位に働く。

今後の成長ドライバー

「旅行を超えた」収益軸は育つか?

  • 地域共創型DMCモデル(上高地拠点)

  • 食×インバウンド(KNT-CT Foods USA設立)

  • Webマーケットプレイス事業(CHILL+)

  • エクスペリエンス特化型メディア協業(例:テレビ東京「教えて!ツアーの達人」)

これらは、いずれも旅行業の固定費モデルから脱却する“収益分散化”の布石であり、KNT-CTが掲げる「旅を超える」象徴的施策といえる。

ただし、事業化には中期的な時間軸と持続投資が不可欠。今後もシステム投資・人材確保コストが財務に圧力をかける可能性がある。

観光資本主義の新潮流にどう向き合うか

再構築と再定義の岐路に立つKNT-CT

KNT-CTホールディングスは、コロナ禍で壊滅的な需要蒸発に直面し、優先株発行による資本注入と内部統制改革を通じて命脈をつないできた企業である。

今期決算は、見た目の利益回復に比して営業利益の減益が目立ち、“回復の限界”と“収益構造の限界”が同時に露出した決算と見るべきだ。

だが同時に、この企業は「旅の再定義」を掲げ、旅行業を“インフラ型×体験型”のハイブリッド事業へと転換しようとする希有な存在でもある

  • 上高地を起点とした地域DMC事業

  • クルーズやチャーター便を活用した高付加価値レジャー

  • メディアと連携した体験設計(例:「教えて!ツアーの達人」)

  • さらには米国ロサンゼルスを拠点とした日本食とインバウンド観光のクロスボーダー連動戦略

──これらは決して“延命のための多角化”ではない。旧来のパッケージ旅行業が抱える「利益なき繁忙」と「高固定費モデル」からの脱却を目指した、構造的イノベーションの萌芽である。

しかし、その道のりは決して平坦ではない。旅行業は今なお**“スケーラビリティに乏しい構造”**に縛られており、人手・天候・為替・法規制といった変数に大きく依存する。そこに新たな価値を載せていくには、戦略だけでなく「胆力ある執行体制」と「長期資本の確保」が不可欠だ。

市場全体が「再成長の標語」に溺れるなかで、KNT-CTは果たして**“観光資本主義”の新モデル企業となれるのか**。それとも、回復の渦中で次の構造的停滞に呑まれていくのか。

──その解は、利益の数字の裏にある「収益構造の質」と、「旅を超える覚悟」の真偽にこそ宿る。

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