
グローバルアクティビストの日本再攻勢と、PBR資本改革の前線
2025年7月9日、グローバルアクティビストファンドとして知られるオアシスマネジメント(Oasis Management Company Ltd.)は、カシオ計算機株式会社(証券コード:6952)の株式1,233万2,900株を取得し、発行済株式総数に対する保有比率が5.19%に達したことを関東財務局に報告した。
これは単なるポートフォリオの一手ではない。報告書に明記された「重要提案行為」の文言が示すように、カシオに対して明確なアジェンダと介入意図を有した、制度適合型の“戦略的アクション”である。
なぜ今、カシオなのか
オアシスが狙いを定めたのは、世界的ブランド力とキャッシュリッチな資本構造を持ちながらも、長期にわたり資本市場から過小評価され続けてきた「象徴的日本企業」であるカシオだ。
- PBRは0.8〜0.9倍台で推移し、ROEも6%前後と平均を下回る。
- 優良ブランド(G-SHOCK、電子辞書、電子楽器)を有しながら、成長投資・還元・再編といった資本効率の最適化が進まず、事実上「現預金と非稼働資産の保管所」と化している。
- IR開示や資本政策においても、改革圧力に対しては受け身的な姿勢が続いてきた。
つまり、“市場に開かれていない企業”の代表格として、オアシスはここにメスを入れに来たという構図である。
市況底値×ブロック取得×開示即日
注目すべきは、オアシスが2025年7月2日に市場外取引で約221万株(0.93%)を単価1,094円で取得している点である。
この動きは、単なるタイミングの妙ではない。
- 株価は2024年末〜2025年中盤まで軟調に推移し、PBR是正要請がくすぶる中での絶妙な取得
- ブロック取引により、大口株主や証券会社との調整によってまとめて仕入れた可能性が高い
- 報告義務発生日から1週間以内の開示という、“明確なメッセージ性を持った公開”
これは、「カシオという企業に対して、私たちは関心と評価を持ち、しかるべきタイミングで行動する意思がある」というグローバル投資家の“予告文”ともいえる。
オアシスとは何者か
オアシスマネジメントは、ケイマン諸島籍ながら香港を拠点とするアジア有数のアクティビストファンドであり、代表のセス・フィッシャー(Seth Fischer)氏は米海軍出身でありながら、極めて論理的かつ制度戦略的な介入を得意とする人物だ。
- ソニーへの構造改革要求
- TBSホールディングスに対するMBO評価の開示要請
- 東京ドームへの対話・提案活動
など、日本企業に対しては“強硬に見えず、しかし深く刺す”という戦略を繰り返してきた。
彼らの特徴は「急所を突きながら、公開質問や株主提案を使い分ける」。まさに、アジア資本市場の制度と論理を使いこなす、アジア型“コンストラクティブアクティビズム”の体現者である。
問われる3つの資本課題
カシオへの介入において、オアシスが掲げる可能性が高い“改革アジェンダ”は次の通りだ:
- 非中核資産の売却・再編
- 工場、保有不動産、古い技術部門の整理統合
- 自社株買い・累積キャッシュの活用
- 総還元性向50%超の政策導入などの可能性
- 取締役構成とガバナンス刷新
- 社外役員の増員・報酬連動性の明確化
これらは、市場からは「当然のこと」として見えるが、カシオの社内文化からすれば、いずれも「踏み込まれては困る地雷原」であり、オアシスの行動は、まさにその“聖域”を突く戦略的突入といえる。
“最後通牒”か、“共創の始まり”か
今回の大量保有報告書は、単なる株式取得の通知ではない。それは、企業と市場、経営と資本との間にある“不作為の壁”を揺さぶる“静かなる通告”である。
日本企業は今、東京証券取引所や経産省からも「PBR1倍割れの是正」「資本効率の改善」を突きつけられている。
そして、その圧力を“現場で可視化”する存在こそ、オアシスマネジメントのような制度内アクティビストだ。
カシオが今後どのような応答を見せるか──IRの強化、取締役構成の見直し、株主との対話姿勢など、いずれもが市場の注目点であり、この5.19%の出現は、変化の端緒として記憶される可能性がある。