
水力発電M&Aの裏で揺れるガバナンスと内部統制の限界
決算概要と訂正の背景
名古屋発の再生銘柄「海帆」が、2025年10月30日に有価証券報告書と半期報告書を同時訂正した。
訂正内容は単なる数字の修正に留まらず、資本政策の構造的誤りを露呈するものだった。
最大の焦点は、資本金と資本剰余金の誤計上。
本来、株式交換により発生した増加分を「資本剰余金」に計上すべきところ、
当初報告では「資本金」に含めてしまっていた。
この訂正によって、2025年3月期の貸借対照表は以下のように修正された。
| 項目 | 訂正前 | 訂正後 | 修正内容 |
|---|---|---|---|
| 資本金 | 2億3,110万円 | 1億6,891万円 | ▲6,219万円(過大計上修正) |
| 資本剰余金 | 16億8,126万円 | 23億0,341万円 | +6,215万円(振替訂正) |
| 純資産合計 | 14億8,249万円 | 14億8,249万円 | 変動なし |
数字自体の合計は変わらない。
しかし、「資本の性質」──すなわち、どのような手段で資本が積み上がったのかがまったく異なる。
訂正の核心
ネパール水力発電子会社の株式交換処理
問題の根源は、2024年8月30日に行われたネパール・ハイドロパワー・ホールディングス(NHH)社の株式交換取引にある。
この取引により、海帆はNHHを完全子会社化。
再生エネルギー分野への進出を掲げる「脱・居酒屋」戦略の一環だった。
しかし、その処理が誤っていた。
訂正前の報告では、株式交換による増加を
「資本金及び資本剰余金がそれぞれ627百万円増加」
と記載。
訂正後は次のように変更された。
「資本剰余金が1,249百万円増加」
つまり、資本金は増えておらず、全額が資本剰余金だったという構造だ。
資本金の過大計上は、形式的には“増資効果”を演出する。
だが実態は、既存資本の再分類に過ぎなかった。
ガバナンスの緩み
訂正報告書が示した内部統制の脆弱性
この誤りは単なる事務ミスではない。
上場企業として、財務諸表作成と監査対応の根幹を揺るがす問題である。
訂正理由にはこう記されている。
「株式交換等に伴う資本金および資本剰余金の記載に誤りがあったため訂正する」
内部統制の観点から見れば、
-
株式交換の設計・評価プロセス
-
財務担当者による開示前レビュー
-
監査法人の最終チェック
のいずれか、あるいは全てに不備があったことを意味する。
特に、海帆はここ数年、飲食からエネルギー・電力分野への転換を進めており、
複雑な連結構造(国内外子会社の株式交換・第三者割当増資など)が頻発している。
その中で、資本構成の誤認が起きたこと自体が異常だ。
財務状況の実像
「見せかけの増資」の果てに
訂正報告書の中で示された財務データを整理すると、以下のような現実が浮かび上がる。
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自己資本比率:30.7%(前年同期比+6.1pt)
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当期純損失:▲7億3,783万円
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利益剰余金:▲25億8,576万円(累積赤字)
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純資産:14億8,249万円(うち新株予約権7560万円)
見かけ上は純資産が増加しているが、
実質的な増加要因は「株式交換による資本剰余金の積み上げ」──いわば帳簿上の増加であり、
キャッシュフロー改善や利益創出によるものではない。
海帆という“再生ブランド”の構造疲労
海帆は元々、東海エリアの居酒屋チェーンとして上場した企業である。
コロナ禍以降、再建ファンドや個人投資家主導で事業を整理し、
2023年以降は「再生エネルギー・海外水力発電」を新軸に据えてきた。
だが、現実には赤字が継続し、
有価証券報告書における「継続企業の前提に関する注記」も解消されていない。
加えて今回の訂正で、
「形式的な増資」「名目的な連結」「開示精度の低下」
という三重苦が表面化した。
論評
「数字は正しくなったが、信頼は戻らない。」
今回の訂正は、会計上の整合性を保つための当然の処置にすぎない。
だが、それ以上に重いのは、
“企業としての信頼性を自ら損ねた”という事実である。
本件は、単なる資本区分の誤りではない。
それは、企業再生の過程で「スピード」を優先しすぎた結果、
ガバナンスとコンプライアンスを軽視した構造疲労の兆候といえる。
“訂正企業”の未来を問う
海帆は今、再生から転換へと舵を切る中で、
「水力発電」「再エネ」「海外事業」という新しいストーリーを描こうとしている。
しかし、その舞台裏で起きた資本訂正は、
この企業がいかに財務管理の基礎体力を欠いているかを雄弁に語っている。
真の再生とは、数字を飾ることではない。
透明性を取り戻し、開示制度の信頼を回復すること。海帆の訂正報告書は、その“再出発点”ではなく、
“再審査の対象”として記憶されるだろう。

