
“バミューダ発の長期資本”が照らす日本ITの成熟局面
大量保有報告書の提出──外資が再び日本ITの中枢へ
2025年11月10日、オービス・インベストメント・マネジメント・リミテッド(Orbis Investment Management Limited) が
株式会社サイバーエージェント(東証プライム・4751) の株式を5.39%保有していることが明らかになった。
報告義務発生日は10月31日、保有株数は27,337,433株。
発行済株式総数(約5億680万株)のうちの5.39%に相当し、
同社は明確に有力株主圏に位置づけられる。
この報告書の提出代理人には、
東京・丸の内の長島・大野・常松法律事務所(弁護士 月岡崇・赤星翔音が記載されており、
国際的な法務・開示体制を備えた外資運用会社としての慎重な姿勢がうかがえる。
オービス・インベストメント・マネジメントとは
Orbisは1989年に設立された、バミューダ諸島ハミルトンを本拠とする独立系グローバル運用会社である。
本店所在地は「Orbis House, 25 Front Street, Hamilton HM11 Bermuda」。
代表者はマシュー・ファー(Matthew Farr)氏。
同社は世界的なバリュー投資家として知られたアラン・グレイ(Allan Gray)の流れを汲み、
「長期的価値に基づく逆張り投資」を理念に掲げてきた。
ファンド構成上は、オーストラリア・南アフリカ・英国などの投資家資金を受け入れ、
独自のファンダメンタル分析に基づいてグローバル銘柄を厳選している。
特徴的なのは、短期トレーディングではなく、数年単位での企業価値修復を見越した中長期運用である点だ。
Orbisのポートフォリオは、テクノロジー・通信・製造・医薬など多岐にわたり、
近年は「日本企業の資本効率改善を促す長期株主」として存在感を強めている。
サイバーエージェントへの関与──成長株から成熟株へ
サイバーエージェントといえば、
インターネット広告事業・ABEMA運営・ゲーム開発(Cygames)などを手がける、
日本を代表するデジタルプラットフォーム企業である。
しかし近年は、
・広告市場の飽和、
・動画配信事業の収益圧迫(ABEMA投資の継続)、
・生成AI・SNS競争の激化
といった環境変化の中で、成長率は鈍化しつつある。
Orbisがこのタイミングで5.39%を取得した背景には、
「短期的調整局面を逆張りで拾い、中長期のリバリューを狙う」という、
同社らしい投資哲学が色濃く表れている。
サイバーエージェントは依然として強固なキャッシュフローを維持しており、
営業利益率・広告プラットフォームの収益構造も安定。
つまりOrbisは、「成長株から成熟株へ転換しつつある過渡期の企業を拾う」という典型的な投資行動を取っている。
保有目的
“運用資産の一部としての日本”
報告書上の保有目的はこう記されている。
「当社の管理下にあるファンドの資産運用のための投資。」
この文言は一見無機質だが、Orbisにとっての「日本市場の位置づけ」を的確に示している。
それは、単なる新興市場でも高配当市場でもなく、“企業改革が進む成熟市場”である。
Orbisはこれまでもトヨタ、ソニー、キーエンス、任天堂など、
高収益かつガバナンス改善余地のある銘柄に長期投資を行ってきた。
今回のサイバーエージェント取得は、
その「第2層」にあたるデジタル産業の資本改革ターゲットへの進出とみられる。
5.39%の存在感
対話型株主の臨界点
サイバーエージェントの発行済株式約5億株のうち、5.39%は約2730万株に相当する。
この規模は、経営陣に対して“黙っていられない株主”となるラインだ。
Orbisは敵対的提案を行うファンドではないが、
過去には保有企業に対して「資本構成の改善提案や自己株買い促進を促す対話」を行ってきた実績がある。
つまり今回の取得も、企業統治改革に対する建設的関与を想定したものと見られる。
長島・大野・常松法律事務所が代理人を務めている点も象徴的だ。
この事務所は、外資系ファンドによる日本上場企業への“エンゲージメント支援”の実績を多数持つ。
Orbisが単なるパッシブ投資を超えて、経営層との中長期対話に踏み込む準備を整えていることが読み取れる。
論評
静かな“外資の再上陸”が意味するもの
Orbisの登場は、かつての外資アクティビズムとは性格を異にする。
2000年代のスティールパートナーズ型のような対立構造ではなく、
企業価値向上のパートナーとして資本関係を築く“第3世代アクティビスト”の姿である。
しかも本件は、サイバーエージェントという「新興勢力出身の大企業」に対する外資介入である点で、
“外資 vs 旧財閥”という構図からの転換を象徴している。
Orbisは日本市場における「デジタル産業の統治改善」に関心を寄せている。
とりわけ、創業者主導型経営における内部牽制機能の強化や、
資本政策の明確化を通じた海外投資家フレンドリー化を促すとみられる。
市場の次の焦点
IT企業への“第二の外資波”
Orbisによるサイバーエージェント株5.39%保有は、
日本市場における「第二の外資波」を示す重要なサインである。
かつて製造業に流れたグローバル資金が、
いまやデジタル産業の再編・統治改革を目的に再流入している。
これは単なる資金の移動ではなく、
「ガバナンス資本主義」の日本的定着過程にほかならない。
サイバーエージェントにとってOrbisの存在は、
“静かだが逃れられない株主の視線”となる。
外資がこの企業に求めるのは、次の成長ではなく、
「成熟を経た持続的資本効率の確立」である。
