T. Rowe Price、ルネサス株5.08%取得

米国運用資本が狙う「半導体復権」の分水嶺

大量保有報告書の提出

米国資本が再び半導体の中核へ

2025年11月10日、T. Rowe Price Associates, Inc.(ティー・ロウ・プライス・アソシエイツ)が
ルネサスエレクトロニクス株式会社(東証プライム・6723)の株式を5.08%保有していることが明らかになった。

報告義務発生日は2025年10月31日。提出者は米国本社のティー・ロウ・プライス・アソシエイツと、
英国ロンドン拠点のティー・ロウ・プライス・インターナショナル・リミテッドの2法人による共同保有である。

両社を合算すると94,991,900株、ルネサス発行済株式総数1,870,614,885株の5.08%に相当する。

この動きは、米国長期運用資本による「日本半導体産業への本格回帰」の象徴的事例となる。

ティー・ロウ・プライスとは

ボルティモア発の世界的長期資本

T. Rowe Priceは1947年に米国メリーランド州ボルティモアで創設された、
世界有数の独立系投資運用会社である。

現在は運用資産約1.4兆ドル(約210兆円)を超える巨大ファンドグループとして、
世界中の年金・基金・個人投資家の資金を管理している。

創業者トマス・ロウ・プライスが掲げた理念は、

「市場ではなく企業を信じる」
という“企業成長連動型長期投資”であり、
短期売買を嫌う安定志向のアクティブ投資家として知られる。

日本市場では1980年代から活動しており、
東京丸の内の「グラントウキョウサウスタワー10階」にあるティー・ロウ・プライス・ジャパン株式会社
日本拠点を担っている。

代表は本田直之氏(代表取締役社長 兼 CEO)

ルネサスエレクトロニクスとは

“日本半導体の再定義”を担う企業

ルネサスエレクトロニクスは、かつてNEC・日立・三菱電機の半導体部門を統合して誕生した日本半導体再編の象徴的存在である。

近年はマイコン・パワー半導体・車載SoCなど、自動車・産業機器向けの高付加価値領域に集中。

2020年代後半の半導体不足を追い風に業績を急拡大させた。

2025年時点では、欧米顧客を中心とした受注基盤を拡大しつつ、AI時代に対応した組込み制御プラットフォームの開発を加速。

経常利益率は一時20%を超え、国内半導体企業の中でも最も安定したキャッシュフローを有する。

一方で、世界の半導体再編が再び加速するなか、
ルネサスも中長期的には「買収・提携・外資流入」の圧力に晒される立場にある。

今回のT. Rowe Priceによる5%取得は、まさにその構造的転換点での資本の布石だ。

共同保有の構造

米英の二層体制による長期戦略

今回の報告では、以下の2法人が共同保有者として記載されている。

提出者名 本店所在地 設立年 保有株数 保有割合
T. Rowe Price Associates, Inc. 米国メリーランド州ボルティモア 1947年 19,076,600株 1.02%
T. Rowe Price International Ltd. 英国ロンドン(ウォーリック・コート) 1979年 75,915,300株 4.06%

両社を合算すると94,991,900株(5.08%)に達し、
これはルネサス株主上位10社に匹敵する規模
である。

報告書によれば、保有目的はいずれも「純投資」。

しかし、この「純投資」という表現は、
T. Rowe Priceがかつてトヨタやソニーに対して行った「経営対話型のエンゲージメント投資」を想起させる。

同社の運用方針は、単なる資金提供ではなく、
企業統治・資本効率・株主還元方針の改善を伴う“静かな改革促進”を目的とする。

State Streetとの関係

機関ネットワークの連携構造

報告書末尾には、次の一文が記載されている。

「消費貸借契約に基づく貸付により、STATE STREET BANK AND TRUST COMPANYに76,200株を貸し出している。」

これは、株式レンディング(貸株)契約を意味する。

T. Rowe Priceが自社運用の効率化を図る一方で、
米国大手カストディアン銀行のState Streetが株式管理・再貸出を担う仕組みだ。

この構造は、単なる保有ではなく、
グローバル機関投資家ネットワークを通じた株式流動性管理の一環として機能している。

つまり、ルネサス株はT. Rowe Priceグループ内外で戦略的に「動かされる資本」となったわけである。

なぜ今、ルネサスか

“半導体の日本回帰”に対するグローバルの再評価

米国の半導体政策(CHIPS Act)を起点とした世界再編のなかで、
T. Rowe Priceは「日本の半導体セクターが再び戦略的価値を持つ」と判断したと考えられる。

その背景には以下の3要素がある。

  1. 地政学リスク回避としての日本製造基盤再評価
     台湾・韓国への依存度を下げ、日米連携下でのサプライチェーン強化が求められている。

  2. EV・自動運転分野におけるルネサスの車載マイコン技術優位性
     欧米の自動車メーカー向け供給比率が高く、国際分業構造に組み込まれている。

  3. AI・エッジコンピューティング分野での“隠れたポジション”
     ルネサスはNVIDIAやARMと異なり、組込みAIの“静かな中核”を担っている。

T. Rowe Priceは、これらの要素を「長期投資の安定テーマ」と捉えている可能性が高い。


論評

外資による“成熟日本株”の再定義

T. Rowe Priceの動きは、
外資アクティビストがかつて見せた「短期圧力型」ではなく、
“成熟企業への構造改革型エンゲージメント”という新しい段階に入っている。

日本の大手製造業・テック企業はすでに資本的安定期にあり、
もはや企業価値を上げる主戦場は配当政策・ガバナンス・ESG連携へと移行した。

ルネサスの5%保有は、
「業績改善を促す株主」というよりも、
“長期の制度資本が半導体復権を後押しするサイン”と位置づけられる。

この動きが示すのは、
外資=敵対者」という時代の終焉であり、
グローバル資本が日本産業の再構築を共に支える“協調資本主義”への転換である。

日本半導体に再び火が灯る

T. Rowe Priceのルネサス株5.08%取得は、
単なる資金移動ではなく、
“日本の半導体が再び世界の戦略地図に載った”という証左だ。

世界の運用資本は、もはや製造拠点としての日本ではなく、
「安定成長+統治改革」を両立させた成熟市場としての日本を見ている。

ルネサスはその先頭を走る存在となるのか──
その行方を決めるのは、もはや経営陣だけではない。

株主としてのT. Rowe Priceが、静かにその針路を見据えている。

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