
英国バリュー投資の老舗が動いた。
「迷走するアパレル再生」に突きつけられた資本市場の審判
三陽商会(8011)に、英国ロンドンの著名バリュー投資家Asset Value Investors Limited(AVI) が参入した。
保有比率は 5.36%。
取得は市場内・市場外の双方で断続的に行われ、なかでも2025年11月28日に市場外で2,083,225株(4.93%)を一撃取得した Oasis とは対照的(堀場案件)だが、AVI の手法は “静かに積む” という点で極めて特徴的だ。
提出書(p.2)にはこう記されている。
「純投資及び重要提案行為等を行うこと」
「持続的な企業価値の向上に向けた重要提案行為を行う可能性」
つまり AVI は、“ただのバリュー投資ではなく、改善要求を辞さないアクティビストとして参入した”ということだ。
Asset Value Investors
英国を代表する“理知的アクティビスト”
Asset Value Investors(AVI)は、1985年設立の英国ロンドン本拠の投資顧問会社。
代表は Joe Bauernfreund。
特徴は明確で、
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超長期目線
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企業価値と株価のギャップを体系的に分析
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ガバナンス改善・資本政策見直しを要求
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日本企業を重点ターゲットにしてきた歴史
特に日本市場では、
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PBR1倍割れ
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過剰現金
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経営の保守性
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資本政策の不徹底
といった構造を一貫して批判し、数々の企業に対して“株主の視点”を徹底的に突きつけてきた。
今回の三陽商会への参入は、“典型的バリュー歪み銘柄”の発見と同時に、経営改善可能性の高さを見たアクティビスト判断”と読むべきだ。
AVIの買い方
市場内で刻み、外で補完。プロの積み上げ手法
取引履歴(p.3〜5)を見ると、AVIの買い方は極めて精巧だ。
▼ 特徴①:市場内の連日小口買い
10月2日〜11月28日までの約2ヶ月間、
毎日のように数千〜数万株を市場内で買っている。
例:
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10/6:39,700株
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10/7:15,800株
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10/31:7,900株
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11/11:3,900株
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11/18:4,800株
これは、“価格を乱さず、気付かれずに持分を増やす”プロの買い方そのものだ。
▼ 特徴②:市場外でのピンポイント取得
複数日に渡って市場外でも取得。
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3,491円
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3,332円
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3,247円
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3,371円
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3,403円
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3,482円
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3,469円 など
市場外取引は 売り手が確定している特定交渉 を意味する。
つまり AVI は、市場内で価格を上げすぎないよう配慮しつつ、必要に応じて市場外で補完する“二段階手法”を使っている。
これは、三陽商会という脆弱な需給の銘柄に対する 理性的アプローチ である。
なぜ AVI は三陽商会なのか
“ブランド喪失後の迷走”と“構造改革余地”
三陽商会はかつてバーバリー日本総代理店として黄金期を迎えたが、契約終了後からは経営は迷走した。
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実店舗網の重さ
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ブランド再構築の難航
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ファッション事業の構造改革遅れ
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オムニチャネル戦略の不徹底
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経費圧縮の限界
その一方で、現預金は積み上がり、PBRは1倍を大きく割り込むという“アクティビストから見て分かりやすい歪み銘柄”になっていた。
特に AVI が着目するポイントは、
● ① 株価が企業価値を反映していない
多額の資産、ブランド再生余地、それでも評価されない市場。
● ② ガバナンス改善余地
旧来型の意思決定モデルから抜け出せていない。
● ③ 事業構造の見直し余地
不採算店舗の大胆な整理が遅れている。
● ④ “企業再生”テーマの投資妙味
ファッション再生は世界的に支援ファンドが最も得意とする領域。
AVI にとって三陽商会は、「変われば再評価されるが、変わらなければ沈む」典型的ターンアラウンド銘柄なのである。
5.36%の意味
“対話フェーズ”の入口
5%台は、アクティビストが企業に対し「対話要求の権利を確実に持てる最初の水準」 だ。
AVI にとって5.36%は、以下の意味を持つ。
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株主提案権は既に十分
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議決権を通じて経営陣に圧力をかけられる
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他投資家との連携で10%超の“改革ブロック”も形成可能
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経営陣が無視できなくなる心理的ライン
Oasis が堀場で取った 「9.9%でプレッシャーをかける戦略」とは異なり、AVI の狙いは 「まず対話し、合意形成で改革を促す」 ことである。
しかし、提出書にははっきりとこう書かれている。
「重要提案行為を行う可能性」
つまり、“変わらなければ動く”という警告であり、それを市場に明確に伝えた行動でもある。
論評
三陽商会は「変われるか」が問われる局面へ
今回の AVI 参入は、三陽商会にとって 「市場の審判」に等しい。
日本のアパレル企業は世界市場で大きく後れを取り、国内では人口減少・低価格競争・ブランド力の低下が続く中、自力改革だけでは限界が見え始めている。
AVI はそこに
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ガバナンス改革
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店舗戦略見直し
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資本効率の改善
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ROE向上
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株主還元の強化
といった要求を事実上突きつけている。
三陽商会はこれまで長い間、「伝統とブランド」を武器に市場で独自の位置を保ってきた。
しかし今は、“再生可能性”を問われるステージに入った。
AVI が動く時、それは「企業価値の歪みが限界に達した時」である。
そして AVI は、“企業を潰す”のではなく“企業価値を引き上げるための資本規律”を持ち込むタイプのアクティビストだ。
三陽商会がこれをチャンスとして改革に踏み切るか、それとも外資の圧力を拒んで市場で取り残されるか──いま、岐路に立たされている。

