
格下げで露呈した「財政制御不能国家」の実態
2025年5月16日、大手格付け機関ムーディーズが米国の長期信用格付けを「Aaa(トリプルA)」から「Aa1」へ1段階引き下げた。
これにより、米国は主要格付け会社3社すべてから最上位格付けを失い、“世界一安全な資産”としての米国債の象徴的地位がついに揺らいだ。
この格下げは、単なる市場の瞬間的な反応にとどまらず、構造的な財政赤字、政治的不安定、そしてグローバル金融秩序におけるドル基軸の相対的地位低下を象徴する警鐘である。
■ 格下げは「既定路線」──だが“タイミング”に市場は狼狽
ムーディーズは2023年11月にすでに格付け見通しを「ネガティブ」へ変更しており、今回の格下げは“時間の問題”とみられていた。
だが、夏以降に予定される債務上限問題や、共和党主導で進む「恒久的トランプ減税」法案の動向を待たずに、あえてこのタイミングでの実施に踏み切ったことが市場の不意を突いた。
問題の法案は今後10年間で政府債務を5兆ドル(約730兆円)拡大させるとの試算もあり、ムーディーズは「義務的支出と赤字削減の実効性は乏しい」と断じた。
要するに、“米国政府は借金のブレーキを失った国家”との判断が下されたのである。
■ 米国債はもはや「リスクフリー」ではないのか?
格下げ直後、10年物国債利回りは一時4.49%まで上昇したものの、市場は短期的には冷静さを保った。
バークレイズは「強制売却は起きない」と述べ、格下げ後も米国債は依然として銀行や外貨準備運用者から「リスクフリー資産」と見なされていることを強調した。
だが、それは“制度上”の評価であり、“実態”が伴わないリスクが今後数年で拡大する可能性は否定できない。今回の格下げは、長期的に「金利上昇圧力」が常態化する予兆とも言える。
■ 「脱・米国債」の加速──BRICS諸国が示す静かな造反
格下げ発表直前に、もう一つの象徴的な変化が確認された。米財務省が公表した2025年3月時点の外国勢の米国債保有統計で、中国が英国に抜かれ3位へ後退したのだ。
中国の保有額は7653億ドルで、前月比189億ドルの減少。一方、英国は7793億ドルに増加した。
中国による米国債縮小の動きは、第1次トランプ政権以降の通商対立や対ロ金融制裁を背景に、ドル依存からの戦略的撤退”として段階的に続けられてきた。
現在の動きも、第2次トランプ政権への備えとみる市場関係者は少なくない。
また、インド・ブラジルなどBRICS諸国も1年前と比べて米国債を削減しており、「ドル以外の外貨準備」へと世界のマネーが緩やかにシフトしている構造が見え隠れしている。
■ トランプ政権と“利上げ圧力”──市場の信頼回復は可能か?
格下げが起きた2025年5月の米金融環境は、決して平穏ではない。4月以降、トランプ大統領の再選に伴う関税政策の強硬化、FRBパウエル議長への圧力などが相次ぎ、米国債売りを誘発していた。
加えて、好調な米景気とインフレ粘着性により、FRBの早期利下げ観測も後退。米10年債利回りは再び4.5%に迫り、財務長官ベッセントが進める金利引き下げ戦略と真逆の動きを示し始めている。
ここにムーディーズの格下げが“追い打ち”として加われば、市場の信頼回復は想像以上に困難なものとなる可能性がある。
■「ドルの信任」にじわじわとひび──“信用の裏付け”を失った基軸通貨
今回の格下げは、単なる評価の変更にとどまらない。世界の投資家にとって、「米国債=無条件に安全」ではなくなる未来を突きつけるものであり、同時に“ドルの信用”という基軸通貨の最大の武器にひびが入ったことを意味する。
米国が世界からのマネーを呼び戻すためには、信用の再構築と、財政規律の回復が不可欠だ。
だが、与野党対立と政治的混乱、トランプ減税の拡大による債務膨張が続けば、次に揺らぐのは「ドルの覇権」そのものかもしれない。