
― 利益率64%の神話に陰り、装置メーカーからプラットフォーム企業へ ―
企業概要
レーザーテック株式会社(本社:横浜市港北区、代表取締役社長 執行役員CEO 岩崎清隆)は、半導体製造工程の“マスク検査装置”で世界唯一の技術優位を誇る企業である。
とりわけEUV(極端紫外線)露光用ブランクス検査装置での独占的地位によって、世界中のファウンドリ(TSMC・サムスン・インテルなど)に供給を行い、日本企業としては異例の高利益・高成長を実現してきた。
しかし、2025年中間期決算では、その牙城にも陰りが見え始めた。
顧客の設備投資の峠を越え、需要の一巡と在庫調整フェーズが明確化している。
第59期通期決算サマリー(2024年7月~2025年6月)
指標 | 前期比 | 金額(百万円) |
---|---|---|
売上高 | ▲2.9% | 210,458 |
営業利益 | ▲9.1% | 130,352 |
経常利益 | ▲8.5% | 131,004 |
親会社株主に帰属する当期純利益 | ▲8.2% | 95,514 |
総資産 | +14.4% | 438,950 |
自己資本比率 | +1.7pt | 80.2% |
営業CF | ▲11.8%(減少) | 83,231 |
現金及び預金残高 | +17.1% | 210,678 |
売上・利益ともに過去最高水準を維持するものの、成長鈍化と粗利率低下が明確化。
営業利益率は62%→約55%台へと低下した。
高利益体質のまま“踊り場”に入った格好だ。
収益構造の変化
“EUVバブル”後の調整局面へ
レーザーテックの急成長を牽引してきたのは、EUV露光に必要な「ブランクス検査装置」と「マスク欠陥検査装置」である。
この2分野で世界シェアほぼ100%を握る同社は、近年、TSMC・サムスン・インテルのEUV投資拡大とともに売上を急増させた。
だが2025年中間期では、主要顧客が相次いで次世代EUV(High-NA)向け装置投資を先送り。
新規装置需要は一服し、保守・改造収益(サービス比率)が上昇している。
つまり、販売型からストック型への転換期に入ったといえる。
地殻変動の中での「研究開発偏重」
今期の研究開発費は約22,000百万円(売上比10.5%)。
AI検査技術、ナノ欠陥検出、パッケージング検査など新領域への投資が加速している。
特に「ポストEUV」と目されるハイブリッドリソグラフィ向け検査技術や、先端パッケージの欠陥解析装置(Chiplet対応)を開発中で、“装置からプラットフォーム”への変貌を狙っている。
これにより、単なる装置供給ではなく、顧客プロセスに深く組み込む“データ企業”としてのモデル転換を視野に入れている点が特徴的だ。
財務構造とキャッシュポジション
同社の財務体質は依然として極めて強固である。
自己資本比率80%超、無借金経営、現預金2100億円超という構造は、
日本上場企業でもトップクラスの健全性を誇る。
一方で、営業キャッシュフローが減少している点は注目に値する。
これは、受注残の消化減速と前払金回収の遅れによるもので、“在庫と契約資産の膨張”が一時的に現金流を圧迫している。
いわば、過剰なフロントローディング投資の反動である。
セグメント別分析
セグメント | 売上構成比 | 前期比 | コメント |
---|---|---|---|
半導体関連検査装置 | 約94% | ▲3.1% | EUV装置需要一巡。保守・改造が増加。 |
FPD検査装置 | 約4% | +8.2% | 有機EL向けが持ち直し。 |
その他(ソフトウェア・開発受託等) | 約2% | +15% | データ解析事業への移行が進行中。 |
海外展開と顧客構成
売上の約95%を海外が占め、特に台湾・韓国・米国での比率が圧倒的。
TSMC・サムスン・インテルの3社が主要顧客であり、上位3社で売上の7割以上を占める。
この集中構造は高収益と引き換えに、景気変動リスクを極端に受けやすいという二面性を持つ。
独占が続く限り“神話”だが、その先は「構造企業化」へ
レーザーテックは、EUV分野で世界的に「唯一無二」であるがゆえに、“技術の独占が続く限りは勝ち続ける”という特殊な企業だ。
しかし、独占が永遠に続くわけではない。
ASMLやKLAなど競合がEUV周辺の欠陥検査市場に参入を始めており、今後は「技術単体の優位」よりも「プロセス全体を支配するモデル」が鍵を握る。
その意味で、レーザーテックの“次の勝負”は、装置販売ではなくデータ制御と顧客統合である。
EUV検査の王者が、「EUV以外の世界」でどう価値を再定義するか。
そこに、日本製造業の未来を映す鏡がある。