
半導体フォトマスク覇権を握る「印刷技術の巨人」
第1章 報告書が示す事実
2025年10月23日、TOPPANホールディングス株式会社(代表取締役社長CEO:麿秀晴)が、テクセンドフォトマスク株式会社(429A、東証上場)の株式46.57%を保有していることが明らかになった。
報告義務発生日は10月16日で、保有株数は46,237,901株。
保有目的は「関係継続のため」とされ、支配的株主として同社を傘下に置く姿勢を明確にした。
この保有比率は、事実上の連結子会社化に近い水準であり、TOPPANグループが半導体関連事業の中核を「テクセンドフォトマスク」に託す構図が浮かび上がる。
テクセンドフォトマスクとは何者か
テクセンドフォトマスクは、2024年にTOPPANの半導体フォトマスク事業を分社化する形で設立された新会社。
半導体製造工程で使用されるフォトマスク(回路原版)の製造・販売を手掛け、世界でも数少ない高精細マスク生産能力を持つ企業である。
主力は、
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5nm以下世代向けEUV(極端紫外線)マスク
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次世代DRAM・ロジックチップ向け高精度マスク
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データセンター用半導体に関連する露光基盤技術
これらはいずれもAI・高速通信・EV産業の供給網を支える根幹技術であり、TOPPANグループの印刷技術を半導体製造に応用する「フォトリソグラフィ産業の要」といえる。
保有の経緯と構造
報告書によると、TOPPANは以下の経緯でテクセンドフォトマスク株を取得している。
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2021年12月13日:100%出資により設立(5,000万株取得)
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2022年4月1日:会社分割により5,000万株追加取得
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同日:一部株式譲渡により49,900,000株を処分
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2024年8月30日:自己株式買付応募で3,862,099株を処分
これにより、TOPPANが現時点で保有する株数は46,237,901株(発行済株式99,291,220株の46.57%)となっている。
また、報告書の末尾には「2025年10月8日から2026年4月13日まで、主幹事証券の事前同意なしに株式の売却を行わない」旨のロックアップ契約が明記されている。
主幹事には、SMBC日興証券、野村證券、モルガン・スタンレー証券、BofA証券の4社が名を連ねており、グローバルIPO体制の下で資本安定化を図っている点も特徴的だ。
TOPPANの狙い
“印刷から半導体へ”の大転換
TOPPANは、創業120年を超える印刷の老舗だが、ここ数年で事業構造を根本から転換している。
印刷・パッケージから脱却し、
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セキュリティソリューション(マイナンバー関連)
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デジタルイメージング
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半導体フォトマスク・ナノテク素材
を三本柱とする新体制を構築した。
とりわけフォトマスク事業は、同社が長年培った「微細印刷技術」と「材料工学」が直接活かされる分野であり、“印刷技術の延長線上にある最先端半導体”という戦略的意義を持つ。
世界では台湾TSMC、韓国SKハイニックス、米Intelなどがフォトマスク供給のパートナーを厳選する中、テクセンドフォトマスクはその供給網に組み込まれつつある。
資金構造と支配の枠組み
報告書によれば、TOPPANによる株式取得の資金源は「自己資金」であり、借入金はゼロ。
このことからも、同社が中長期的に同事業を自社主導で育成する意図がうかがえる。
さらに、TOPPANは2021年の設立時点で全額出資による完全子会社化を選択し、
その後、IPOを通じて外部資本を導入。
結果として46.57%という支配権を維持しつつ、市場からの資金調達による成長余地を確保する“ハイブリッド支配”の構造を作り上げた。
視点と論点
半導体サプライチェーンの再編の核心
フォトマスク産業は日・米・台・韓の4極体制。TOPPAN傘下のテクセンドは、その日本代表格として再評価されている。
資本政策としてのロックアップ
46%超の持株を維持しながら、ロックアップ契約を通じて市場の信頼性と価格安定性を両立している点は注目に値する。
国家戦略産業との接点
フォトマスクは防衛・宇宙・AI半導体など国策領域にも関わる。TOPPANの動きは、政府の「経済安全保障推進法」の流れとも一致している。
“印刷の巨人”が握るナノテク覇権
TOPPANホールディングスによるテクセンドフォトマスク株46.57%の保有は、
単なるグループ会社維持ではなく、日本の半導体再興戦略の中核に位置する布石である。
“紙を印刷する会社”から“光を刻む会社”へ。
TOPPANが歩むこの転換は、日本産業が製造から知的精密工学へと進化する象徴といえる。
──日本の「印刷技術」が、次は半導体を支配する時代に入った。

