第1章 レイ・ダリオが警告する覇権通貨の終末シナリオ

アメリカ経済の“心臓発作”

「債務というプラーク」が国の血管を詰まらせている

世界最大の経済大国・アメリカの連邦債務は、2025年時点で34.5兆ドル(約5,200兆円)を突破した。

新型コロナ以降の財政出動、軍事支出、社会保障の自然増――どれも止められないまま、借金がGDPの120%を超えている。

しかし真に危険なのは「総額」ではなく、「利息」だ。

金利上昇によって利払い費は年間1.2兆ドル(約180兆円)に迫り、国防費に次ぐ支出項目となった。

レイ・ダリオはこれを「経済の動脈硬化」と呼び、

“このままではアメリカ経済は3年以内に“心臓発作”を起こす”
と警告している(Business Insider, 2025年7月)。

つまり、利息を支払うために再び借金を重ねる「自己増殖構造」に入っており、国家の“キャッシュフロー”が既にマイナス圏に沈んでいるのだ。

覇権通貨ドルが抱える“二枚舌の安定”

本来であれば、これほど財政が劣化すれば通貨は売られる。

だがドルは逆に買われている――理由は皮肉にも「ドルしか逃げ場がない」からだ。

  • FRBは依然として政策金利4〜5%台を維持

  • 世界は高利回りの米国債に資金を流し続ける

  • 日本や欧州の中央銀行は低金利を続けざるを得ない

結果、「アメリカの危うさ」よりも「他国の脆弱さ」が強調され、ドルは独り勝ち状態を保っている。
だがこれは“健全な強さ”ではなく、ダリオが言うところの
「不健康な安定」だ。

基軸通貨であるがゆえに、世界がアメリカの赤字を支え、アメリカは借金を増やしても資金を吸い上げ続ける。

それは、やがて信用そのものを蝕む「静かな崩壊」を内包している。

米政府の制度疲労

予算閉鎖と政治の分断

ダリオの懸念は経済だけではない。

彼はFT紙で「アメリカは1930年代型の分断と独裁化の兆候を見せている」とまで語っている。

実際、連邦政府は2025年秋から予算不成立による「政府機関閉鎖」を続けており、医療補助・教育・契約支出が凍結されている。

財政が“政治の人質”となり、機能的なガバナンスが麻痺している状態だ。

この構造的な麻痺こそ、投資家が真に恐れる「制度リスク」である。

経済の根幹は信用、信用の根幹は政治。

その政治が分断と停滞に陥れば、ドル覇権の根底もまた揺らぐ。

デフォルトではなく“信用の劣化”として進む崩壊

米国は基軸通貨国であるため、形式的なデフォルトを起こす可能性は低い。

しかし、危機はもっと静かに進む。

  • 政府が債務を支払うために貨幣を増発する

  • その結果、通貨価値が徐々に目減りする

  • 実質的な「インフレ型デフォルト」へ移行する

ダリオはこれを「インフレーショナリー・デフォルト」と呼び、

“借金を返すことはできるが、返す価値が薄まる”
と断じている。
つまり、ドルは崩壊しないが、信頼は削られていく。

次に起こる“リセット”のかたち

論評社的に見るなら、今後のアメリカは次の三段階を経るだろう。

フェーズ 状況 市場の反応
① 利払いスパイラル期 利払い負担が社会保障を上回る 長期金利上昇・株式調整
② 信認低下期 外国勢(日本・中国)の米国債購入減 ドル金利の急変動
③ インフレ的デフォルト期 政府がインフレで債務を相殺 ドル価値低下・金・資源シフト

この最終局面で鍵を握るのは、ドルを“信用単位”とみなす国際社会の意思である。

もしそれが崩れれば、ダリオが唱える「ドル覇権の終焉」が現実味を帯びる。

アメリカの「信頼コスト」という見えない赤字

レイ・ダリオは投資家であると同時に“体制の観察者”でもある。

彼が危惧しているのは、財政そのものよりも「制度の信頼」が崩れる速度だ。

アメリカはまだ最強の軍事力と通貨権を持つ。

だがその裏側で、信頼という見えない資本が静かに目減りしている。

覇権は一夜で終わらない――だが、気づいたときには確実に始まっている。

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