
ガバナンス要求を残したまま姿勢転換の理由とは
英国ロンドンを拠点とする Silchester International Investors LLP が、住友ゴム工業(5110)の保有株式比率を 8.82% → 7.69% へ引き下げた。
提出されたのは「変更報告書 No.14」。提出理由は 1%以上の減少。
Silchester は世界的なバリュー投資家として知られており、“長期保有・対話・配当重視” の方針を軸に、
国内でも複数の上場企業に対し、ガバナンス改善を求めてきた。
今回の減少は、単なる利益確定ではなく 「住友ゴムに対する評価の変化」 を示す。
そして注目すべきは、保有目的に記された“明確な要求群”だ。
Silchesterとは
Silchester International Investors LLP は、
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英国ロンドンの投資顧問会社
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2010年設立
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グローバルの大型バリューファンドとして評価が高い
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日本株を伝統的に一定比率で保有
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長期的な企業価値と株主還元を重視
特に日本市場においては、“物言う投資家”として知られる。
彼らは決して派手ではないが、株主価値の毀損につながる経営には容赦なく反対票を投じるという特徴を持つ。
今回の保有目的にも、この姿勢が如実に現れている。
Silchesterが記載した“要求リスト”
今回の報告書で最も異彩を放つのは、保有目的の欄に列挙された 明確な要求内容 である。
Silchester は、住友ゴムに対して以下を求める可能性を明記した。
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増配
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自己株式の買入れ頻度および総量の引き上げ
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金庫株消却(バーン)
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重要資産の処分または取得
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借入・転換社債の発行
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取締役・重要使用人の選任・解任
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会社分割・合併
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株式交換
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事業譲渡または譲受け
これは実質的に、「住友ゴムの資本政策・事業再編・ガバナンス全般に対する包括的な発言権を保持する」という姿勢だ。
そして Silchester 自身も、
「株式を追加取得することも、全てを売却することもありうる」
と明記している点が重要だ。
これは “価値あるなら買う、価値を毀損するなら容赦なく売る”という徹底的なフィデューシャリー(受託者)責任の姿勢である。
60日間の売却履歴
今回の減少は“静かな売り”によって発生している。
▼ 市場内の連続売却
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32,600株(10/28)
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16,000株(10/29)
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20,500株(10/30)
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4,400株(10/31)
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179,500株(11/12)
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298,900株(11/13)
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514,300株(11/21)
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507,800株(11/25)
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463,400株(11/26)
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350,100株(11/27)
……など計 数百万株規模 の市場内売却が続く。
▼ 市場外の“ポイント売却”
小ロットながら単価が詳細に記載されている:
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1,870円
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1,819円
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1,818円
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1,909円
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2,127円
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2,125円
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2,128円
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2,156円
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2,199円
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2,185円
これらは、特定の機関投資家と直接合意した価格での売却である可能性が高い。
つまり Silchester は、
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板に負担をかけないよう細かく市場内で売却しつつ
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株価節目ごとに市場外で“ブロック売却”を行い
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住友ゴム株の需給を壊さないよう慎重にポジションを減らした
という、極めて職人的な売却を行っている。
7.69%が意味する「後退ではなく構え直し」
8.82% → 7.69%という数字は、単なる“減少”ではなく “再配置” だ。
Silchesterにとって 7〜9%台は、
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議決権に一定の強さ
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経営への対話圧力を維持
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同時に資金効率も確保できる
という “黄金ゾーン” とも言える。
減らしつつも、彼らは保有目的に 資本政策の明確な要求 を刻み込み、住友ゴムに対する 影響力は維持している。
つまりこれは、
「要求は続けるが、過度な保有リスクは取らない」という戦略的後退
である。
論評
“日本の老舗製造業”と“欧州バリュー資本”のすれ違い
住友ゴム工業は、技術力に優れたタイヤメーカーであり、国内外シェアも高く、財務も安定している。
しかし、
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資本効率(ROE)の低さ
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自己株買いの弱さ
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保守的な資本政策
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グローバル市場の中での成長期待の弱さ
といった「日本の老舗製造業」特有の停滞感がある。
Silchester はそこを見逃さない。
彼らが求めるのは、
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増配
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自己株買い
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金庫株消却
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事業構造の再編
いずれも「株主価値向上」に直結する提案であり、日本企業が避けがちな“株主還元の強化”だ。
今回の減少は、
住友ゴムが期待に応えていない、しかしまだ見限ってはいない
という微妙なシグナルだ。
もし企業側が改善に動かなければ、Silchester はためらいなくさらなる売却に踏み切るだろう。
結論
今回の変更報告は、
“欧州バリュー資本の静かな警告” である。
住友ゴムは今、
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資本政策
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事業再編
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ガバナンス
を市場基準に合わせる転換点に立っている。
それを怠れば、
日本の老舗製造業はますます「海外資本からの構造改革圧力」を受け続けることになる。

