
「再生医療の希望」は持ちこたえられるか?
■ 概要:アクーゴ®承認の“希望”、財務に垂れ込める“現実”
2024年7月、サンバイオ株式会社(4592)は外傷性脳損傷における慢性期の運動麻痺改善薬「アクーゴ®」について、厚生労働省から条件付き製造販売承認を取得した。
再生医療という未踏の地を切り拓く国産ベンチャーにとって、この快挙は大きな希望である──が、希望の裏側には、深刻な資金流出と事業構造上の持続困難性という“現実”が迫っている。
本稿では、最新の第12期有価証券報告書(2025年1月期)をベースに、同社の財務構造、事業リスク、今後の展開可能性を、論評社の視点から精緻に読み解く。
■ 5期連続赤字の地層に埋もれるキャッシュ
● 資産の推移と自己資本比率の現実
2021年(第8期)には総資産133億円、純資産84億円と“潤沢”であった同社も、2025年1月末時点では総資産34億円、純資産18億円にまで縮小。
自己資本比率は辛うじて50%を超えるが、これは営業損失による資本食いつぶしと増資による補填が繰り返された結果にすぎない。
- 自己資本比率(2025年1月期):51.1%(前期比▲4.2pt)
- 現預金:28.5億円(前期比▲15.4億円)
- 営業損失:35.1億円(前期比改善も赤字は継続)
● キャッシュフロー分析:増資依存の実態
- 営業CF:▲36.0億円(連続マイナス)
- フリーCF(営業+投資):▲36.1億円
- 財務CF:+20.9億円(第三者割当・転換社債)
財務活動によるキャッシュ流入がなければ、資金繰りはすでに破綻していた。まさに“生命維持装置”としての増資が同社を支えている。
■ SB623“単独エンジン依存”と適応拡大の“絵に描いた餅”
サンバイオの収益モデルは、以下の5種に分類される:
- A 契約一時金
- B マイルストン収入
- C 開発協力金
- D ロイヤルティ収入
- E 製品供給収入
だが、第12期時点で“売上”と呼べる収入は存在せず、すべての期待はSB623(=アクーゴ®)という単一事業の成果に懸けられており、その依存度は危ういほど高い。
他のパイプライン(SB618、SB308、MSC1/2)は臨床前〜初期フェーズであり、商業化までの道のりは長く、現実的な収益化時期は「未定」と言わざるを得ない。
■ アクーゴ®の承認とは何か?
- 条件付き承認とは「本承認ではない」
- 製造2ロットの適合取得が前提条件
- 7年以内に市販後試験(PMS)を完了しなければ失効
2024年7月時点で1ロット目の製造は適合とされているが、残る1ロットの成功なくして“出荷解禁”には至らない。
2025年Q2(5〜7月)に出荷開始を見込むが、これはあくまで予定であり、遅延・承認失効リスクも残る。
■ 過剰な依存と希薄化の連鎖
● 人材・組織の脆弱性
- 従業員数:わずか29名(全社)
- 臨床・物流は外部委託、事業推進は少数人材に依存
● 株主希薄化リスク
- 2025年3月:第三者割当で108.8万株発行
- 転換社債による潜在希薄化:211.3万株(追加発行余地)
希薄化に対する対価が“将来の黒字”である以上、株主は“夢”に投資しているにすぎない。
■ この企業は“買い”か、“静観”か?
アクーゴ®の承認により、再生医療の新章が開かれたのは間違いない。しかし、投資家が問うべきは「技術の独自性」ではなく「キャッシュの耐久性」と「事業化の見通し」である。
- 現金残高は年1回の増資でギリギリ延命
- 黒字化の見通しはSB623の市販化進捗次第で不透明
- パイプライン依存度が極端に高く、リスクヘッジが不能
その一方で、株式市場はこの“夢の医療”に対して過剰な期待を一時的に寄せた。2025年春には株価が一時2500円付近まで上昇し、わずか2カ月で3倍以上に跳ね上がるという異例の急騰を記録したが、現在は2000円付近まで急落。1日で▲8.5%という大幅安を記録するなど、投資家心理は極めて揺れやすい状況にある。
株価チャートは熱狂の後の冷却を示しており、「出荷開始」という次のイベントが無風であれば、投資家の熱は急速に失われるだろう。
短期的には期待と材料による“トレード銘柄”であり、長期投資に耐えるには財務基盤と多角的収益構造の構築が不可欠だ。
■「希望の薬」は時間と資金に勝てるのか?
アクーゴ®という再生医療の革新技術は、まぎれもなく世界初の成功事例である。しかし、商業化という山の頂はまだ遠い。
今、サンバイオが直面するのは「製品の成功」ではなく「会社の継続」である。企業としての持続可能性を支えるのは、研究の質ではなく、財務構造と資金の耐久力だ。
果たして、夢は現実に届くのか──それは「次の増資までに何を成すか」にかかっている。