
金・資源・デジタル資産が覇権の空白を埋めるとき
覇権通貨の空白がもたらす“資本の逃避先”
レイ・ダリオが警告した「ドル信頼の劣化」は、単にアメリカ国内の問題ではない。
それは世界の基軸通貨システムが持つ“空白地帯”を露出させる現象だ。
ドルが揺らぐとき、世界の資金はどこに逃げるのか。
その逃避先がいま、三方向に分岐している。
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金(ゴールド):無国籍通貨・インフレヘッジとしての再評価
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資源(エネルギー・希少金属):実体価値と供給支配構造
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デジタル資産(ビットコイン・CBDC):通貨システムそのものの再設計
これらは単なる“投資対象”ではなく、「ドルの後に何が残るか」という構造的問いの答えを探す実験でもある。
金(ゴールド)が再び“貨幣”に戻る時代へ
1971年のニクソン・ショック以降、金は「貨幣ではない投資商品」に格下げされた。
しかし2020年代半ば、金は再び中央銀行・政府の“最後の信用担保”として復権しつつある。
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中国・ロシアは自国準備資産の金保有比率を20%以上に増加
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BRICS新通貨構想(ブラジル・ロシア・インド・中国・南ア)は「金・資源連動型」を掲げている
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ダリオ自身もポートフォリオの10〜15%を金・金鉱株で保険化
ドルの信認が揺らげば、投資家が求めるのは「発行者のいない価値」だ。
それが金の役割であり、国家リスクから独立した資本の避難港として機能し始めている。
資源覇権のシフト
“ペトロダラー”の終焉
第二の逃避先は実体資源だ。
ドルの強さを支えてきた最大の構造が「石油取引のドル建て=ペトロダラー体制」である。
だが、その独占構造に変化が起きている。
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サウジアラビアはBRICSに加盟し、人民元建て取引(ペトロユアン)を一部で採用
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ロシアはドル決済を排除し、金やルーブル・人民元による決済へ移行
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アフリカ諸国では、資源輸出の対価として“ドル外取引”が拡大
この動きは「ドルで買ってドルで売る」という単線構造を崩し、“資源を持つ国が決済通貨を選ぶ”時代への転換を意味する。
つまり、ドル覇権の根源である「エネルギー支配」が揺らぎ始めているのだ。
第三の軸:デジタル通貨の反乱
ビットコインやイーサリアムといった民間デジタル資産は、当初こそ投機対象だったが、いまや通貨実験の主役に躍り出ている。
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ビットコインは2025年に1BTC=120,000ドル台を突破し、
「デジタル・ゴールド」として金と並ぶ価値保存資産とみなされ始めた。 -
一方で、各国政府はCBDC(中央銀行デジタル通貨)による支配的な金融統制を進めている。
ここに潜む本質的な対立は、
「通貨を誰が発行するか」ではなく、
「信用を誰が握るか」
という問いである。
ダリオもこの動きを「貨幣システムのリセットの始まり」と評しており、ビットコインを完全に否定していない。
むしろ「分散型通貨が持つ耐久性」は、国家信用が揺らぐ時代の避難先として無視できないと認めている。
脱ドル資本が描く“多極世界”
この三つの流れ(金・資源・デジタル)は、すべてに共通する構造を持つ。
それは、「ドルを介さない信用体系の確立」である。
BRICS諸国が構築を進める新決済網、中東・アジアで加速する人民元・金建て取引、欧州で拡大するCBDC連携実験――
世界は、アメリカの“貸借対照表”に依存しない資本回路を作ろうとしている。
だが同時に、ドル体制を失った世界は、新たな秩序を確立するまでの間、“通貨群雄割拠”という混沌を経験することになる。
それは、20世紀の「金本位崩壊」以上の衝撃を伴う可能性がある。
「信頼の秩序」は誰の手に戻るのか
アメリカの覇権が終わるとしても、次の覇権はまだ存在しない。
人民元は国家統制、ユーロは分裂リスク、暗号資産はボラティリティ――どれも決定打ではない。
つまり世界はいま、「無覇権通貨時代」の入り口に立っている。
この時代に最も価値を持つのは、「軍事力」でも「発行権」でもなく、信用と透明性だ。
国家も企業も個人も、“誰を信じて、どこに資産を置くか”が最大の政治行為となる。
レイ・ダリオの警告は、まさにこの「信頼の移動」を見据えたものである。
そして、その移動が世界経済の地殻変動を引き起こす。
