
企業概要
「お金を前へ。」を掲げ、金融とSaaSを架橋する社会インフラ構築企業
株式会社マネーフォワード(Money Forward, Inc.)は、個人・法人向けに金融管理・業務効率化のクラウドサービスを提供するFintech企業である。
個人向けの家計簿アプリ「マネーフォワード ME」、法人向けの「マネーフォワード クラウド」シリーズなど、会計・労務・請求などをSaaS型で統合的に提供する体制を築いている。
さらに、同社は単なるソフトウェア企業に留まらず、金融機関との連携による埋込型金融(Embedded Finance)、スタートアップ支援を行うベンチャーキャピタル(HIRAC FUND)、SaaS企業向けメディア「BOXIL」なども展開し、SaaS × 金融 × VC × メディアの複合モデルを構築。
これは国内市場においても極めて特異な存在だ。
財務サマリー
項目 | 前年同期 | 今期中間(第14期) | 増減率/変化 |
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売上高 | 198億円 | 232億円 | +17.0%増 |
営業損失 | ▲18.3億円 | ▲15.9億円 | 赤字縮小 |
経常損失 | ▲21.5億円 | ▲19.0億円 | 赤字縮小 |
親会社純損失 | ▲25.9億円 | ▲22.0億円 | 赤字縮小 |
自己資本比率 | 31.3% | 33.1% | +1.8pt |
現金等残高 | 280億円 | 386億円 | +106億円 |
営業CF | ▲66.7億円 | ▲18.5億円 | 改善傾向 |
一見して損失が続く印象だが、営業CFは大幅改善し、キャッシュバーンの抑制が進んでいる。
とくに前年▲66億円から▲18億円へと劇的に改善した背景には、法人向けSaaSのARPA向上と人員・広告投資の効率化がある。
セグメント別
マネーフォワードは2024年度より、従来の「プラットフォーム事業」という単一セグメントから脱却し、5つの独立セグメントによる報告体制に移行した。
これは、同社の事業展開が単なるクラウド会計ソフトの枠を超え、複数の顧客層・サービス領域・収益モデルにまたがることを示している。
セグメント別売上構成(2025年5月期中間)
セグメント | 売上高(百万円) | 前年同期比 | 特徴と注目点 |
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Business | 16,174 | +24.8% | クラウド会計・労務・請求の中核事業。成長牽引役。 |
SaaS Marketing | 2,503 | +2.4% | 「BOXIL」等のメディア事業。広告単価が鍵。 |
Home | 2,352 | +2.6% | 家計簿アプリ「MF ME」など、安定的な課金収益。 |
X(エックス) | 1,405 | +0.6% | 金融機関DX支援。営業開拓次第で収益化余地あり。 |
Finance | 754 | ▲1.4% | HIRAC FUND(VC事業)など。収益は変動的。 |
合計 | 23,237 | +17.0% | 事業再編を経て全体として成長維持。 |
【出典】半期報告書(P27)
Businessドメインの成長性と再構築
売上の約7割を占めるBusinessドメインでは、「マネーフォワード クラウド」シリーズを中心に中堅〜大企業への導入が拡大。特に:
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コンポーネント化(システム機能の分離提供)により柔軟な導入モデルを実現
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M&Aによる拡張(アウトルックコンサルティング社の取得、「Sactona」事業の連結)
また、法人SaaS ARRは前年同期比+33.8%の26,958百万円へと急伸しており、単価(ARPA)の上昇も業績押し上げに寄与している。
Homeドメイン:安定的だが成長性は鈍化
個人向け家計簿アプリ「マネーフォワード ME」はプレミアム課金が主体であり、月額利用課金により安定的に収益を上げている。
しかし、SaaS ARRは前年同期比+7.6%とやや伸び悩み。加えて、三井住友カードと共同設立した合弁会社の影響で、旧Next Solution社を売却するなど、事業ポートフォリオの見直しが進行中。
新興セグメントの限界と可能性
◉ Xドメイン(金融機関DX支援)
地域金融機関向けソリューションを展開。法人顧客を通じた間接的な普及モデルを採用しているが、現時点では成長率が鈍く、ボリュームは小さい。
今後は自治体連携や「中小企業支援」パッケージ化による拡大余地に注目。
◉ Financeドメイン(HIRAC FUND)
スタートアップへの出資・育成を行うが、VC事業特有の収益の振れ幅が大きく安定性には課題。今期は前年を下回る売上となった。
◉ SaaS Marketingドメイン
SaaS導入メディア「BOXIL」を中核とするが、競争が激しく広告単価の変動に左右される。収益成長率は他セグメントに比べて低位にとどまった。
ポートフォリオの再編成は「選択と集中」の予兆
5セグメント体制への移行は、同社の事業戦略が「広げるフェーズ」から「磨き上げるフェーズ」へ移行していることを示している。
現時点ではBusinessドメインに依存する構造だが、各ドメインの機能性と収益性を見極め、再度“勝ち筋”を選別する戦略的フェーズに入ったと見るべきである。
キャッシュフローと資本政策の構造
キャッシュフロー概要(2025年5月期中間)
区分 | 金額(百万円) | 前年同期比 | コメント |
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営業CF | ▲1,849 | 改善(▲6,677 → ▲1,849) | 大幅改善。償却増と販管費圧縮が寄与 |
投資CF | ▲8,327 | 悪化(▲4,710 → ▲8,327) | 子会社買収・ソフト開発に積極投資 |
財務CF | +3,526 | 大幅増(+263 → +3,526) | 増資・借入・VCファンド出資が主因 |
現金残高 | 38,553 | +10,547(前期末比) | 現金水準は潤沢(自己資本比率33.1%) |
営業キャッシュフロー:実態は“赤字縮小”より“損益外要因”
営業CFは前年同期の▲66億円から▲18億円へと大幅に改善しているが、この背景にはのれん償却(4.3億円)・減価償却費(18億円)・株式報酬費用(8.2億円)といったキャッシュアウトを伴わない費用項目が多く含まれている。
また、法人税等の支払いが約15.6億円にのぼり、実質の営業収支はまだ回復途上といえる。
投資活動:M&Aと自社開発に積極的な攻めの姿勢
今期の投資CF(▲83億円)の内訳は以下の通り:
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無形資産取得:39億円
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アウトルックコンサルティング社の買収:22億円
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投資有価証券取得:17億円
これらはすべて、今後のサービス拡充やSaaSシナジーの創出を目的とした戦略的支出であり、単なるコストではなく「布石」と言える。
特に「Sactona」事業を持つアウトルック社の買収は、経営管理領域でのBtoBプレゼンスを強化する動きである。
財務活動:増資・VCファンド・親会社の活用で資金厚みを維持
今期の資金調達により、財務CFはプラス35億円と大きく膨らんでいる。主な要因は:
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非支配株主(子会社増資):+50億円
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長期借入:+44億円
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短期借入返済:▲49億円
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株式発行収入:+1.9億円
これらにより、現金残高は386億円に到達。「赤字企業だが潤沢なキャッシュ」を維持する背景には、資本政策の巧妙さと信用力の高さがある。
なお、第三者割当増資やストックオプション発行も継続されており、希薄化リスクを伴いながらも資金供給ルートは多層的に構築されている。
自己資本比率の推移と株主構成
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自己資本比率は 33.1%(前期比 +1.8pt)
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親会社からの支援ではなく、市場調達と非支配株主からの資本注入が中心
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筆頭株主は創業者・辻庸介氏(16.3%)、その他は外資・国内機関投資家が広く分散
この構造からも、「外部株主とともに資本成長を図る上場スタートアップ型経営」の典型と言える。
黒字化を焦らず、価値創造の筋道に集中できる“猶予の構造”
営業利益は赤字継続、営業CFもマイナスだが、現金保有と資本調達余力によって短期的な資金ショートリスクは極めて低い。
一方で、過去に調達した資本をいかに事業成長に変換し、「価値」に転化できるかが今後の評価軸となる。
単なる黒字転換ではなく、ARR成長・プロダクト価値・M&A成果という多次元的な「資本のリターン評価」が問われる局面に差し掛かっている。
総合評価
――「赤字は悪か?」マネーフォワードが問う“成長か、収益か”の構造的命題
■ SaaS × Fintechの融合モデルが示す、非連続なビジネススケーリング
マネーフォワードのビジネスは、単なるクラウドサービス提供企業ではない。その特異性は、以下の3つのレイヤーが同時に機能し合う“複合構造”にある
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SaaSプロダクト群(会計・労務・請求など)による業務効率化の提供
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金融機関との連携を通じた“埋込型金融(Embedded Finance)”の構築
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HIRAC FUNDによるVC事業によるスタートアップ支援・産業エコシステム形成
この構造は、「ソフトウェア企業」「金融仲介者」「事業創出者」という3つの顔を同時に持つ稀有なビジネスモデルを生み出している。
“黒字転換”より“価値創出”が先行する構造投資型モデル
2025年5月時点での損益は以下の通り
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営業損失:▲15.9億円(前年より改善)
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親会社純損失:▲22.0億円(前年より改善)
単体では依然として赤字であるが、重要なのはこの赤字が収益悪化によるものではなく、「あえて積極投資を優先している結果」であるという点。
特に注目すべきは、下記の構造的変化:
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法人向けSaaS ARR:前年比+33.8%増(26,958百万円)
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営業CF:大幅改善(▲6,677百万円 → ▲1,849百万円)
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のれん償却を伴う戦略的M&A(アウトルック社買収:のれん28.6億円)
これらは、「未来収益を先取りする」ための赤字であるという点で、単なる赤字企業とは区別されるべきである。
中核事業に集中し始めた“選別の兆し”
2024年度からセグメント体制が変更され、以下のような明確な再編が行われた:
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「Next Solution社」の株式を譲渡(非中核事業を切り離し)
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「アウトルック社」「シャトク社」の買収(中核への強化)
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「Home」ドメインの成長は鈍化する一方、Businessドメインに経営資源を集約し始めている
このような選別・再配分は、資本効率を高めていく意思表示とも解釈でき、今後は「選ばれた事業ドメイン」がROIC(投下資本利益率)を生む構造に転じるかどうかが焦点となる。
ガバナンス・資本構造の観点からの警戒点
一方、今後の成長過程で以下のようなリスクも潜在している
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増資・ストックオプション等による希薄化リスク
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子会社(VC含む)を通じた連結財務の複雑化・のれんの蓄積
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事業間での収益非対称性(FinanceやXドメインの低採算)
特に、**のれんの累積残高(61億円超)**や、毎年の株式発行による調達スキームは、一時的なROE低下や自己資本比率圧迫の要因となり得る。
マネーフォワードは“赤字であること”に価値を見出す企業である
黒字を目的とする企業が多い中、マネーフォワードはあえて「成長のための赤字」を選び、その赤字を“未来の価値創造の燃料”として位置づけている。
その背景には、Fintech・SaaS市場において、先行投資による顧客基盤の獲得こそが最大の勝因であるという確信がある。現金保有額が38,553百万円に達し、自己資本比率も33.1%を確保している同社は、“時間を買える企業”であり、その時間の中で「価値の証明」が問われる。
将来の焦点は、次のいずれかに集約される:
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「SaaS ARR」拡大とARPA向上の連動
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Businessドメインにおける収益性の確立
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M&A案件のROICとシナジー実現
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VCファンドのEXIT成功率と評価益の可視化
未来を先取りしすぎた企業に「時間」と「利益」は追いつけるか
マネーフォワードは、単なるFintechでも単なる会計SaaSでもない。日本型スタートアップの次のフェーズに進む、“価値創出重視型”の未完成体である。
いま必要なのは、黒字化ではなく、「本当に意味のある売上」を創ること。
拡大された事業基盤とプロダクトの中から、どれだけの“選ばれた柱”が真の収益源となるかが、今後の企業価値評価の鍵となる。