
電子部品業界再編の幕開け
報告書が示す事実
2025年10月27日、YAGEO Electronics Japan合同会社(代表社員:ヤゲオ・コーポレーション 職務執行者 チェン・イェン・スン)が、芝浦電子株式会社(証券コード6957、東証スタンダード上場)の株式85.57%を保有したとする大量保有報告書を提出した。
報告義務発生日は10月20日で、取得株数は13,314,084株。取得価格は1株あたり7,130円、総額約946億円規模の大型取引である。
ヤゲオは報告書で、保有目的を「完全子会社化を目的とした重要提案行為を行う予定」と明記。
具体的には、会社法第180条に基づき株式併合を実施し、芝浦電子を非上場化する計画を発行者(芝浦電子)に要請する方針を示している。
ヤゲオとは
台湾発、世界的電子部品メーカーの戦略
ヤゲオ・コーポレーション(Yageo Corporation、本社:台湾新北市)は1977年創業の電子部品大手で、抵抗器、コンデンサ、インダクタなどの受動部品(パッシブコンポーネント)分野で世界トップクラスのシェアを誇る。
2020年代に入ってからは、積極的なM&Aによって事業を拡大しており、過去には米KEMET社やPulse Electronics社を買収。日本ではトーキン(現・KEMETトーキン)を傘下に収めた実績を持つ。
今回の芝浦電子買収も、その延長線上にある。
ヤゲオはセンサー事業を次世代成長領域と位置づけ、芝浦電子の強みである温度センサー、産業機器向けセンサー、車載用部品をグローバルサプライチェーンに統合する狙いを持つ。
芝浦電子とは
“温度のプロ”から世界市場へ
芝浦電子は1950年創業の老舗電子部品メーカー。
主力製品は温度センサー(サーミスタ)であり、空調機器、自動車、医療、家電など幅広い産業に供給している。
とくに車載用温度検知センサーではトヨタ、デンソー、日立Astemoなどとの取引があり、世界的にも高品質なサーミスタメーカーとして知られる。
同社は2023年度時点で売上高約500億円、営業利益率14%超という高収益体質を維持していたが、世界的な電子部品市場の再編に伴い、規模拡大と開発投資の両立が課題となっていた。
今回のヤゲオによる支配化は、技術力のグローバル展開を加速させる契機となる一方で、独立性の喪失と国内雇用・供給体制への影響が懸念される。
取引の構造と資金調達
報告書によると、ヤゲオ・エレクトロニクス・ジャパン合同会社は2025年2月6日に設立された日本法人であり、芝浦電子の買収を目的とした特別目的会社(SPC)である。
資金構成は以下の通り。
-
自己資金:35億4,000万円
-
借入金:595億2,550万円
- 株式会社トーキンからの借入:296億円
- ヤゲオ・コーポレーション本社からの借入:299億円
合計949億円超の買収資金を調達しており、実質的にはヤゲオ本体とその日本子会社トーキンが共同で支援するスキームとなっている。
この借入構造は、トーキンによる日本側の資金運用と、ヤゲオ本体による親子間ローン方式を組み合わせたものであり、MBO(マネジメント・バイアウト)に近い資金設計といえる。
完全子会社化と上場廃止へ
ヤゲオは報告書で明確に、芝浦電子の株式併合による完全子会社化を計画している。
会社法第180条に基づく「株式併合」は、少数株主を整理し、発行済株式をヤゲオ1社が保有する状態にするための手法だ。
具体的には
-
株式併合比率を設定(例:100株→1株など)
-
少数株主への金銭交付を実施
-
効力発生日をもって東証スタンダード上場を廃止
という流れを取る見通し。
ヤゲオは臨時株主総会の開催を芝浦電子に要請しており、本年内にも株式併合議案が上程される可能性が高い。
視点と論点
グローバル電子部品業界の再編
パッシブコンポーネント市場では、台湾・韓国・日本の三極体制が崩れつつある。ヤゲオの芝浦買収は、センサー技術を掌握することで「次世代車載・EVインフラ」分野の覇権を狙う動きと見るべきだ。
日本の電子部品企業の買収ラッシュ
ローム、村田製作所、TDKなどが国内で統合を進める中、外資による支配化が加速。芝浦電子のケースは、外資による地域技術企業の取り込みの典型例となる。
雇用・技術流出リスク
85%超の支配下で上場廃止が進めば、研究開発の拠点統合や本社機能の台湾移転も視野に入る。国内製造業の技術独立性をどう守るかが問われる。
“温度”を測る企業が、電子業界の温度を上げる
ヤゲオによる芝浦電子の85.57%取得は、単なる買収ではない。
それは、日本の中堅電子部品メーカーが世界資本の再編の中でどのように生き残るかという問いへの一つの答えだ。
芝浦電子は長年、「温度を測る企業」として知られてきた。
だが今、その温度計が示しているのは、グローバル資本が日本製造業を再び熱く見つめ始めた兆候なのかもしれない。

