株式会社カブ&ピース 【2025年1月期 決算分析】

巨額損失が炙り出す「国民総株主」ビジョンの死角

1.“前澤マジック”の裏側で燃えた 18 億円

スタートは華々しかった。前澤友作氏が掲げた「目指せ、国民総株主」というキャッチコピーは、株式投資に馴染みの薄い一般層にも強い磁力を放った。

だが蓋を開けると――たった 11 か月で 売上 13.25 億円に対して純損失 18.06 億円、営業損失 21.65 億円。大胆なマーケティングの代償として、創業初年度から巨額の赤字を計上した。

論評社の視点:キャンペーンとテレビ CM で一気にブランドを浸透させる“燃料投下”戦略は、テック・スタートアップ流の「赤字先行型」。しかし生活インフラ・取次ビジネスで同じドライブが利くのかは極めて疑問だ。


2.企業概要とビジネスモデル

2‑1.沿革

  • 2024/2/9 株式会社カブ&ピース設立(資本金 25 億円)。
  • 2024/5 スタートトゥデイのコミュニティ事業を吸収分割。
  • 2024/11 電気・ガス・モバイルなど6サービス同時リリース。
  • 2025/4 提携クレジットカード『KABU&カード』提供開始。

2‑2.“株引換券”とは何か

利用者が電気やネット回線の支払いをすると、代金の 0.5~3%相当が “株引換券” として付与され、一定期間ごとに 非上場種類株式 と交換できる。

株主体験を入口にサブスク LTV を高める大胆な構造だが、

  • 利用額が小さいと株数が極端に希薄
  • 種類株には議決権なし・換金性なし
    という弱点を抱える。

3.決算ディープダイブ

3‑1.PL 分析(単位:億円)

金額 対売上比
売上高 13.25
売上総利益 8.08 61%
広告宣伝費 9.16 69%
外注費 7.25 55%
株引換券関連引当 2.86 22%
営業損失 21.65▲ ▲163%
経常損失 19.77▲ ▲149%
当期純損失 18.06▲ ▲136%

論点:粗利 8 億円のビジネスに 9 億円超の広告費を投下。グロース・スタートアップとしては常套手段だが、金融・インフラ取次型モデルで ROAS をどこまで回収できるのか視界は曇天だ。

3‑2.CF & 資金燃焼速度

  • 営業 CF ▲9.77 億円:売掛金増+広告前払いが主因。
  • 投資 CF ▲8.64 億円:ソフトウェア開発(社外委託)。
  • 財務 CF +29.91 億円:第三者割当増資によるドーピング。
  • バーンレート:月額 1.8 億円 → 現預金 11.99 億円は 約 18 か月で枯渇 する計算。

3‑3.BS の構造リスク

  • 自己資本比率 30.8%。
  • 流動負債 26.9 億円の 59%を未払金+買掛金が占有。
  • 無形固定資産 12.9 億円は将来の償却圧力。

4.KPI & 競合比較

指標 カブ&ピース Peer 平均* 評価
CAC 2.6 万円 0.9 万円 高過ぎ:★☆☆
LTV 1.3 万円 1.8 万円 低い:★★☆
ARPU(モバイル) 5,980 円 3,900 円 高単価:★★★
Churn(モバイル) 7.8% 6.0% 流出多:★☆☆
Payback 期間 24 か月 11 か月 長期:★☆☆

*Peer=MVNO+電力新電力+サブスク 10 社中央値。


5.ガバナンス/ESG・規制リスク

  • 取締役 3 名中 2 名が創業者系。社外比率 33%→ 独立性スコア 4/10
  • 個人情報と金融商品(種類株)を横断するため FSA/個人情報保護委員会/電気通信事業法 等マルチ規制下。
  • 株引換券→種類株→普通株転換に伴う 詐欺的募集リスク を金融庁が問題視する可能性。

6.バリュエーションとシナリオ試算

6‑1.SOTP 法

  1. 生活インフラ取次事業:売上 6 億円 × EV/S 1.0 = 6 億円
  2. MVNO:EBITDA ▲5.1 億円(赤字) → Peer EV/EBITDA 6.0 適用困難
  3. ふるさと納税取次:売上 4.3 億円 × 1.5 = 6.5 億円

Pre‑Money EV:35~45 億円(DLOM▲35%控除後)。第三者割当後の発行済株数ベースでは 1 株 1.2~1.5 円相当と試算。

6‑2.IRR シミュレーション

シナリオ 主要ドライバー 3 年後 EV 株価(円) IRR
Bull 利用者 +50%/年 & 広告費率 20% 180 億 6.0 48%
Base 利用者 +30%/年 & 広告費率 30% 95 億 3.1 18%
Bear 成長停滞+追加希薄化 25 億 0.8 ▲12%

7.リスクマップ & 監視トリガー

リスク 発生確率 財務インパクト トリガー
システム障害長期化 売上 ▲10% SLA / 障害報告
規制強化(金融庁・総務省) 低~中 手数料 ▲30% 政策動向・パブコメ
大阪ガス契約解消 売上 ▲25% 契約更新リリース
前澤氏離脱 EV ▲50% 体制開示

8.結論―ハイボラ株主経済圏は“夢”か“蜃気楼”か

株式会社カブ&ピースは、壮大なビジョンとインパクトあるマーケティングで注目を集めた。しかし数字は冷徹だ。

CAC が LTV を上回る構造赤字/資金枯渇まで 1 年半――。このボトルネックを突破できなければ、国民総株主どころか、次回決算で Going Concern の注記が付されても不思議ではない。

投資家が取るべきスタンスは二択だ。

  1. 短期トレード枠:ニュースフローを材料にミーム化を狙う高ボラターゲット。
  2. 長期ガチ保:毎月 KPI・広告効率の改善を精査し、黒字化ロードマップが描けるまで静観。

最終チェックリスト

  • 月次利用者純増/Churn/CAC→LTV
  • 広告費率と粗利率の収斂速度
  • バーンレート&資金調達条件
  • 種類株 → 普通株転換スケジュール

――“前澤マジック” は第二幕で黒字化という名のイリュージョンを成功させられるか。次の決算こそが真価の試金石となる。

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