いちごAM、ラクスに8.20%——SaaS割安論で初参戦
大量保有報告書 分析

いちごアセット、ラクスに8.20%——「日本株長期投資の独立系機関投資家」が初回報告でSaaS最大手に本格参戦
シンガポール拠点の独立系アクティビスト・いちごアセットマネジメント・インターナショナルと、日本法人いちごアセットマネジメント㈱の2社連名で、クラウドサービス大手ラクス(東証プライム・3923)株2,905万株・8.20%の大量保有報告書が2026年6月5日に提出された。義務発生日は2026年5月29日で提出まで7日という迅速対応だ。保有目的は「純投資」と明記しつつ「中長期的な価値創造を尊重・支援」という長期関与型の姿勢を示す。ラクス株は10年来高値2,387.5円(2021年9月)比で義務発生日時点の株価は約58%低い水準にあり、いちごが「割安な日本SaaS」として買い集めたと解読できる。
発行体 株式会社ラクス(東証プライム・3923・情報通信業)
報告義務発生日 2026年5月29日
提出日 2026年6月5日(義務発生から7日)
根拠条文 法第27条の26第1項(特例報告)
提出者数 2社連名
保有割合合計 8.20%
発行済株式総数 354,391,000株(2026年5月29日現在)
直前報告書の割合 記載なし(初回報告)

保有株数(合計)
2,905万株
発行済の8.20%

推定取得資金
試算:約200〜280億円
義務発生日前後の株価700〜1,000円台を基準

株価(義務発生日5/29)
1,006.5円
52週高値1,395円比 ▲27.8%

52週高値・安値
1,395 / 721.9円
10年来高値2,387.5円比 ▲57.8%

事実整理
発行体 株式会社ラクス(東証プライム・3923・情報通信業)
提出者①(主体) いちごアセットマネジメント・インターナショナル Pte. Ltd.(シンガポール・2006年5月21日設立・投資顧問業) 29,051,900株・8.20%
提出者②(形式的共同保有者) いちごアセットマネジメント㈱(東京都渋谷区・2006年5月1日設立・投資助言業) 100株・0.00%
合計保有株数 29,052,000株・8.20%
保有目的 純投資。「日本株の長期投資に特化した独立系機関投資家であり、投資先企業の中長期的な価値創造を尊重し、投資を通じて支えることにより、日本社会に貢献する」
投資一任契約 提出者①は「いちごトラスト Pte. Ltd.」との間で投資一任契約を締結し、同社から投資運用に関する権限を委託されている
議決権共同行使 提出者②は①との間で投資助言契約を締結し、保有株券にかかる全議決権を提出者①と共同して行使することを合意
担保契約等 該当なし
特殊スキーム 新株予約権・CB・借株等なし。普通株式のみ。
本報告書の位置づけ
保有目的スペクトル上の位置づけ

保有目的の文言は「純投資」と明記しているが、続けて「中長期的な価値創造を尊重し、投資を通じて支える」と記しており、これはスペクトル上では「対話示唆型(ピルグリム型)」に近い位置づけとなる。重要提案行為等の欄は空白であり、現時点での積極的介入意思は表明していない。ただしいちごアセットは過去に王子ホールディングス・丸の内ホテル・いちご(旧アールアンドアイ・ホールディングス)・ほくほくフィナンシャルグループ等への投資で株主提案・対話を通じた価値改善を主導してきた実績を持つ。「純投資」と明示しながら長期的に株主提案まで踏み込む案件への移行例も過去に存在しており、この文言は最終的な行動方針を確定するものではない。

提出者内訳表
提出者 所在地 保有株数 保有割合
いちごAMインターナショナル Pte. Ltd. シンガポール 29,051,900株 8.20%
いちごアセットマネジメント㈱ 東京・渋谷区 100株 0.00%
合計 29,052,000株 8.20%
発行体の業績と株価

ラクスは「楽楽精算」「楽楽明細」「楽楽販売」等のクラウド業務管理SaaSと、IT人材派遣事業(ラクスパートナーズ、2026年4月1日に全株式譲渡済み)を運営する。2026年3月期本決算(2026年5月14日発表)は売上高602.9億円(前期比+23.3%)、営業利益173.5億円(同+70.2%)と大幅な増収増益を達成した。クラウド事業を中心に成長が加速しており、来期(2027年3月期)会社予想は売上高597億円(前期比▲1.0%、IT人材事業の非連結化影響を控除)、営業利益205億円(+18.2%増)と実質的な増益継続を見込む。

業績・株価データ

直近本決算(2026年3月期):売上高602.9億円(+23.3%)、営業利益173.5億円(+70.2%)、経常利益174.4億円、純利益133.4億円。ROE予想96.8%(高ROE)、PBR 13.58倍。

株価(義務発生日2026年5月29日):1,006.5円、時価総額約3,540億円。52週高値1,395円(2026年1月13日)・52週安値721.9円(2026年3月23日)。高値比▲27.8%・安値比+39.4%。10年来高値2,387.5円(2021年9月15日)比で▲57.8%の水準にある。

バリュエーション:PER約14倍(2027年3月期EPS基準・益回り7.12%)はSaaS企業としては低水準。ROE予想96.8%・PBR 13.58倍という組み合わせは「高ROEなのにPERが低い」という状態で、いちごが割安と判断した根拠は明白だ。

取得主体の分析——いちごアセットの実態と過去案件

いちごアセットマネジメント・インターナショナルはスコット・キャロン氏が設立した日本株専門の独立系アクティビスト・ファンドで、AUMは数百億円規模と推定される。「日本の低バリュエーション株を長期保有し、対話・議決権行使を通じて価値改善を促す」という投資哲学を公言する。過去の主要投資先としては、いちごグループ(旧アールアンドアイ、不動産)・アルパイン電気(アルプスアルパイン統合前後)・飯野海運・丸の内ホテル・スルガ銀行・TYK等への関与が確認されており、物言う株主として経営改善・株主還元強化を要求してきた実績がある。本案件は情報通信・SaaSセクターへの初期段階の大型参戦という点で従来の不動産・製造業中心の投資から軸を広げた事例として注目される。シンガポール法人(Pte. Ltd.)が主体で日本法人(㈱)が100株のみの形式的共同保有者という構造は、いちごの典型的な組成パターンだ。

なぜこの銘柄なのか
10年来高値比▲58%の割安SaaS
1,006.5円(5/29)
2021年9月の高値2,387.5円から約4年半で半値以下に低下しているが、業績は増収増益を継続している。「株価の下落が業績悪化ではなく金利上昇・グロース株見直しに起因する」という判断のもと、バリュー投資として参戦したとみられる。

ROE96%・PER14倍という構造的割安
PBR 13.58倍
ROE予想96.8%に対してPBR 13.58倍・PER約14倍は、同水準のROEを持つ欧米SaaS企業と比較すると大幅に割安だ。日本SaaSに対する市場の評価が欧米基準に収れんすれば、株価の大幅な上昇余地がある。

楽楽精算のNo.1地位と参入障壁
経費精算クラウドNo.1
「楽楽精算」は国内経費精算クラウドで導入社数トップの地位を確立している。一度導入した企業がスイッチングコストにより他社製品に移行しにくいSaaSの構造上、顧客基盤の安定性は高い。IT人材事業の非連結化後はより純粋なSaaS収益として評価が容易になった。

株主還元の余地と対話の余白
時価総額3,540億円
創業者持ち株比率が高い構造のため、自己株式取得や増配余地の検討は対話の切り口になりうる。いちごの投資哲学「中長期的な価値創造を支援する」という文言は、将来の株主提案・対話の布石となる可能性を含んでいる。

市場への示唆:3つのシナリオ
Scenario 01 — 純投資継続
業績成長で株価回復・純投資ポジションを維持
ラクスのSaaS業績が来期以降も年率20%超の増益を継続し、株価が1,400〜2,000円圏に回復する。いちごは保有を維持し、特例報告の次の義務発生日(2026年9月末)での変化報告のみを行う穏やかな関与に留まる。株価回復が主目的の「価値実現型」純投資として完結するシナリオ。

Scenario 02 — 対話開始
株主還元強化・資本効率改善の対話へ発展
いちごが経営陣との意見交換を開始し、自己株式取得・増配・IR強化を要求する。いちごの過去案件(アルパイン・飯野海運等)と同様に、対話を通じた株主還元強化が実現すれば株価へのポジティブな影響が生じる。変更報告書が「条件付き提案型」の保有目的文言に変化した場合は具体的な対話開始のシグナルとなる。

Scenario 03 — 保有増加・株主提案
10%超取得・株主提案型アクティビストに転化
いちごが追加取得で10%超の大株主となり、定時株主総会で役員選任・配当政策・ガバナンス改善に関する株主提案を行うシナリオ。創業者持ち株比率が高いラクスでは株主提案の可決は難しいが、提案行為そのものが市場の注目を集め株価に影響を与える。いちごの過去案件でも稀な攻勢型案件となる。

論評
いちごアセットによるラクス8.20%保有は、日本SaaS株への本格参戦という点で市場に新鮮なシグナルを発する。ラクスは2021年の高値から約4年半で半値以下に沈んでいるが、業績は一貫して増収増益を継続しており、「株価の失速が企業価値の毀損ではない」という評価を共有する機関投資家にとって典型的な割安局面だ。ROE予想96%という極めて高い資本効率を誇りながらPER14倍に留まる状況は、日本のSaaS株全体に対する市場の評価が過度に悲観的である可能性を示唆している。いちごの投資哲学「中長期的な価値創造を投資を通じて支える」という言葉は、過去案件の経緯からすると必ずしも「静かな純投資」に留まるとは限らない。IT人材事業の非連結化後のより純粋なSaaSビジネスとしての評価、そして株主還元政策(配当・自己株取得)の見直しが対話の起点となりうると見るのが自然だ。
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